室内楽


 日々の中には必ず一人天使がいる、と中島らもさんは云った。
 一日一日には、その日の天使というものがいて、何かに姿を変えて現れる。
 高田渡の『夕暮れ』という歌を聴き、らもさんの話を思い出した。

夕暮れの街で
ぼくは見る
自分の場所からはみ出してしまった
多くの人々を
夕暮れのビアホールで
一人一杯のジョッキを前に
斜めに座り
その目が
この世の誰とも交わらないところを選ぶ
そうやって たかだか
三十分か一時間
  —『夕暮れ』作詞 高田渡

 高田渡が歌うのは、天使を捉えた人の姿か、それとも、天使そのものか。
 天使は降りてくる。
 それは、白いひらひらを纏うでもなく、砂糖菓子のような輪っかを頭に浮かべるでもなく、一日の疲れのような気配に現れる。
 ある日、考え事があり、高円寺の薄暗い名曲喫茶で屈託していた。
 緩やかな室内楽がかかると、老人の客が指揮を取り始めた。そして飄々と店内を漂った。
 それは天使然としていた。

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