山鳩画伯行状記

 年の瀬、小津安二郎監督を偲ぶ麦秋忌に、山鳩画伯と出席す。
 茅ヶ崎館での会合には、鰻の蒲焼が出た。
 中庭で記念撮影を済ませると、あとはおのおの雑談、宴会であるので、画伯は抜けだし、折角だから二人で風呂に入ろうと云われた。茅ヶ崎館は小津さんが脚本を書くために籠った宿である。書くことに疲れた小津さんはきっとこの風呂に入っただろうから、その風呂に君も入っておいたほうがいい、と画伯は仰る。
 早速手ぬぐいを借りに帳場まで行くと、帳場のおばさんから、余興ですか、踊りに使うのですか、と訊かれた。

 画伯と湯につかり、山口瞳について話した。画伯は、君、山口瞳は今も生きてるよ、と言われた。画伯は京都祇園で、山口瞳の幽霊と遭遇したそうである。それは世にも不思議な話なのだが、ここでは割愛する。
 画伯と交代で三助をしあい、しばらくのあいだ、茅ヶ崎館の風呂を楽しんだ。小津さんの幽霊は、ここには来ていないだろうか。

 夕刻散会し、茅ヶ崎駅に向かう途中、画伯は古い金物屋に立ち寄った。そして、アルマイトのお玉を所望された。
 老店主がお玉の在処を案内すると、画伯は返事をするかのように、実に豪快に放屁なされた。会合の間、ずっと堪えておられたそうだ。
 夕闇迫る茅ヶ崎は、人と車が忙しく行き交う。海からの風が冷たい。
 茅ヶ崎駅からグリーン車に乗り込む。画伯からグリーン券と鯵の押し寿司を奢って頂いた。
 紅いモケットに腰掛け、寿司をつまむ。画伯は以前、「彼岸花」の佐分利信を真似て、車掌に電報を頼んだことがあるという。

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